違いを認め、公平な機会をつくり、誰もが安心して参加できる環境を整える取り組み。それが、「DEI(Diversity, Equity & Inclusion)」です。
労働人口が減少する日本では、LGBTQ+や外国人、障害のある人など、多様な背景をもつ人材を活かすことが不可欠です。DEIは、そうした人材が能力を発揮できる環境を整え、企業を持続的な成長へと導くために欠かせません。
しかし、DEIは多くの企業で注目されていますが、中には
「DEI推進を何から始めればいいのか分からない」
「どのようにDEIの効果測定をすればいいのかイメージできない」
という企業担当者の方も少なくありません。
そこで本記事では、DEIとは何かを実際の企業事例とともに解説します。また、取り組む際の具体的なステップも紹介しているので、ぜひ参考にしてみてください。
DEI(Diversity, Equity & Inclusion)とは?
DEI(Diversity, Equity & Inclusion)とは、以下の3つの頭文字をとった言葉です。
- Diversity(多様性)
- Equity(公平性)
- Inclusion(包摂性)
「人々の多様性を尊重し、公正・平等に扱い、誰も排除しないこと」を基本の考え方としています。
特に女性や外国人、LGBTQ+、障害のある方など、多様な人材が働きやすい環境を整えるための枠組みとして、多くの企業がDEIに取り組んでいます。
後ほど詳しく説明しますが、DEIを推進の具体的な取り組みとして、たとえば次のようなものがあります。
- 評価制度の見直し(性別・国籍・属性に左右されない評価指標の設定など)
- LGBTQ+や外国籍社員への制度整備(同性パートナーシップ制度、社内規程や評価制度の多言語化など)
- 障害のある社員への合理的配慮(バリアフリー設備の整備、時間・勤務形態の柔軟化など)
- シニア層向けセカンドキャリア支援(研修・資格支援など)
DEIが注目・重視されるようになった背景
DEIが注目されるようになった背景として、大きく以下の3つが挙げられます。
- 労働人口の減少
- 価値観の多様化
- グローバル化の加速
この3点について、簡単に見ていきます。
労働人口の減少
少子高齢化が進む日本において、多くの業種が人手不足に陥っています。
人材の確保が難しい今、外国人やシニア層、LGBTQ+など、幅広い人材を確保し、人材が定着する環境づくりが必要不可欠です。
DEIが注目を集めている背景として、多様な人材が安心して働ける環境を整えることが、企業の競争力を左右する時代になっていることが挙げられます。
価値観の多様化
リモートワーク、副業、柔軟な勤務体系、ワークライフバランス重視など、働き方に対する価値観は大きく広がっています。
現在は、社員それぞれの価値観やライフスタイルに対応できる企業が、優秀な人材を確保し続けられる時代です。
優秀な人材を確保するためにも、多様性を前提にした組織づくりが求められることから、DEI推進の重要性が一段と高まっています。
グローバル化の加速
海外では、多様性や人権への配慮が企業の基本的な責任として求められています。
グローバル化が進む中、日本企業が海外の企業や投資家と取引・協働するためには、国際水準に沿ったDEIの取り組みが不可欠になりました。
その結果、国内でも“世界基準に合わせた組織づくり”としてDEI推進に取り組む企業が増えています。
人権週間は、DEIを再検討する1つのタイミング
DEI推進を考えるうえで、今このタイミングで注目したいのが「人権週間」です。
人権週間とは、人権尊重の大切さを広く伝えるための期間。毎年12月4日〜12月10日に実施されています。
この期間には、全国で人権に関する講演会やシンポジウムが開かれ、メディアでも啓発キャンペーンが展開されます。企業の中には、人権週間をきっかけに社内制度を見直したり、研修を実施したりするケースも珍しくありません。
たとえば、人権週間に合わせてLGBTQ+への理解を深める社内向けのオープンセミナーを開催する予定の企業もあります。
人権週間を前に社会的関心が高まっている今こそ、企業がDEI推進を再確認し、取り組みをアップデートする絶好のタイミングだと言えるのです。
ただし、アメリカではDEI推進に後ろ向きな動きも

人権を尊重し、誰もが働きやすい環境をつくることは企業にとって欠かせない取り組みです。
一方で、アメリカでは2025年1月、トランプ大統領が「DEI政策の廃止」を指示する大統領令に署名し、大きな話題となりました。
背景の1つとして、DEI推進が「過度な公平性」を招き、これまで一般的に有利な立場とされてきた白人男性が逆差別を受けているという不満が広がっていたことが挙げられます。
実際、この動きを受けてMetaやマクドナルドなど大手企業がDEI関連の取り組みを縮小・撤廃したことも注目されました。
アメリカのDEI後退を受けた日本企業の動き
日本とアメリカは同盟関係が強く、これまでもアメリカの政策が日本企業に影響を与える場面は多くありました。
そのため、アメリカのDEI後退を受けて「日本でも同じようにDEIが縮小するのでは」という懸念が一時的に広がりました。
しかし、結論として「日本でDEI推進が後退する可能性は低い」と考えられています。
理由は明確で、日本はアメリカとは異なり、深刻な労働人口の減少に直面しているからです。
多様な人材の雇用・定着は、企業の存続に直結する課題であり、DEIはもはや“なくても困らない取り組み”ではありません。
そのため、日本企業が「DEI推進に取り組むべき」という方向性が揺らぐことはないでしょう。
ただし、外資系(特にアメリカ系)企業については、本国の方針変更が採用・制度づくりに影響を及ぼす可能性もゼロではありません。そのため、今後のアメリカの動向を注視しておくことは重要です。
DEI推進に取り組む企業の3つの事例
実際に、ここではDEI推進に取り組む企業の事例を3つ紹介します。
日本IBM株式会社
日本IBMでは、多様な背景を持つ人材が互いに協力し合い、社内のイノベーションを高めていくための取り組みに力を入れています。
LGBTQ+への具体的な施策としては、2016年に同性パートナーを配偶者と同等に扱う「IBMパートナー登録制度」を導入しました。
また、当事者とアライ(※)がつながり合い、互いにサポートできる社内コミュニティも設立。コミュニティ活動を通じて働きやすい環境づくりを進めています。
さらに、東京レインボープライド関連イベントへの参加など、社外での活動にも積極的です。性的指向や性自認にかかわらず、誰もが自分らしく活躍できる職場づくりを推進しています。
※LGBTQを理解し、サポートする役割の人
KDDI株式会社
KDDIは、もともと人権尊重の取り組みに積極的に取り組んできた企業です。2023年には、従来のD&IからDE&Iへと取り組みをフェーズアップし、多様な社員が活躍できる環境づくりを一層強化しています。
同社のLGBTQ+に関する主な取り組みとしては、次のようなものがあります。
- LGBTQ+への理解促進を目的としたセミナーやeラーニングの実施
- 同性パートナーにも「家族」を利用条件とするサービス(au「家族割」など)を適用
- 就職活動時に使用するエントリーシートの性別欄を削除
- 同性パートナーを「配偶者」、その子どもを「子」として扱う制度を導入
LGBTQ+以外の領域でも、障害のある社員の通院休暇制度や、イスラム教徒の社員向けに礼拝スペースを設けるなど、多様なニーズに応じた働きやすい環境整備を進めています。
出典:KDDI「DE&I(ダイバーシティ エクイティ&インクルージョン)」
三洋化成工業株式会社
三洋化成工業は、DEI推進の取り組みの中でも、特に研修制度に力を入れている会社です。たとえば2024年度には、以下のような研修を実施しています。
- DEI理解研修(新入社員向け)
- 他社事例から学ぶDEI講演会(役員・従業員向け)
- 「仕事と育児」両立支援セミナー(子が誕生した従業員、その上司、社内外パートナー向け)
- 性の多様性に関するトークセッション(役員・従業員向け)
ほかにも、人権週間に合わせて毎年12月を「ダイバーシティ月間」と定め、DEIに関するイベントを実施。講演会や展示会のほか、食堂での多国籍メニューの提供などを行っています。
出典:三洋化成工業株式会社「ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン」
DEI推進の3ステップと重要なポイント
「他社の事例はわかったけれど、自社では何から始めればいいのか分からない」という担当者の方も少なくありません。
ここでは、DEIを推進する際の流れを3つのステップで整理しました。あわせて、進めるうえで意識したいポイントも紹介するので、自社に取り入れる際の参考にしてみてください。
1.現状を把握する
企業が抱える課題によって、取り組むべきDEI施策は大きく変わります。
そのため、具体的な施策に着手する前に、まずは「自社のどこに課題があるのか」を明確にすることが重要です。
現状を把握するための主な方法としては、次のようなものがあります。
- 社内アンケートの実施
- 当事者・管理職・現場へのヒアリング
- ハラスメント相談件数の傾向チェック
- 既存制度の利用状況の洗い出し
こうした調査を通じて課題を“見える化”することが、DEI推進の最初の一歩となります。
2. 制度と文化を整える
せっかくDEI施策を考えても、制度が形だけになったり、現場に根付かなかったりするケースは珍しくありません。
以下のような制度(ルール)と文化(行動・風土)の両方を整えることで、初めて社員が安心して働ける環境が実現します。
■制度(ルール)
- 同性パートナー制度
- 通称名の使用許可
- ハラスメント相談体制(相談窓口)の構築
- 評価・昇進の公平性の見直し
- 就業規則の更新 など
■文化(行動・風土)
- 管理職研修
- 社内向けDEI研修
- アライコミュニティ活動の活性化
- 社内コミュニケーションの改善
- 経営層からのメッセージ発信
制度を作るだけでは不十分で、制度が“使われる”ように文化づくりまでセットで進めることが重要です。
3. 運用・改善を繰り返す
制度や文化は「つくって終わり」ではありません。導入後も状況に応じて改善を重ねることで、DEIは組織に根付き、効果を発揮します。
具体的には次のような取り組みが重要です。
- 制度の利用状況のモニタリング
- 社員への定期的なヒアリング
- 成果の見える化
- 成果と課題を定期的にアップデート
また、どのような成果が出ているのかをレポートや会社サイトなどで外部に公開することで、採用力の向上や企業ブランドの強化にもつながります。
DEI推進に取り組む際の注意点
会社でDEIを推進する際、制度を導入するだけでは形骸化してしまうことが少なくありません。実際に成果につなげるためには、次の点を意識することが重要です。
- 現場に丸投げしない
- 当事者に負担を集中させない
- 制度を使いやすい雰囲気をつくる
「人事だけが動いている」「当事者だけが頑張っている」という構図になると、施策は上手くいきません。特に当事者にばかり意見を求めたり、ロールモデルとして無償で引っ張り出したりすると、負担が集中して逆効果になります。
また、同性パートナーシップ制度や各種休暇制度などは、制度そのものがあっても「職場の空気的に使いにくい」という理由で利用されない場合があります。
そのため、制度の周知徹底や上司への理解促進など、実際に“使える”雰囲気づくりを意識することが欠かせません。
DEI推進で大切なのは、「小さな一歩」から始めること
DEI推進は、最初から完璧な仕組みを整える必要はありません。まずはできる範囲の小さな施策から始め、改善を重ねながら自社に合った取り組みへと育てていくことが大切です。
「どのように制度を整えれば良いのか分からない」という場合は、ぜひ弊社アカルクへご相談ください。まず第一歩として、下記のページでは、DEI推進におけるロードマップの作り方(作成手順、年間計画、評価指標など)を詳しく解説しています。
また、個別のご相談も承っています。LGBTQ+を含む社内施策の構築にお悩みの企業担当者の方は、どうぞお気軽にお声がけください。
執筆者:佐藤ひより
大手メーカーの海外営業職を経験後、2018年にライターとして独立。フリーランスとして多様な価値観や働き方に触れる中で、「一人ひとりが自分らしく生きられる社会」に関心を持つように。現在は、キャリア・ビジネス・ライフスタイル分野を中心とした記事制作に携わっています。



