現代の企業経営において、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の推進は、企業の持続的な成長と競争力強化のためには、D&I推進のあり方が問われている今だからこそ不可欠な戦略となっています。
グローバル化が進み、多様な価値観を持つ人々が働く現代社会において、従業員やお客様の中には、性的指向や性自認が多様な方々がいらっしゃいます。
しかし、LGBTQ+施策を導入することは、誰もが安心して働き、最大限のパフォーマンスを発揮できる環境を整えるだけでなく、企業価値向上や優秀な人材の確保につながります。
本記事では、企業がLGBTQ+施策に取り組む理由を掘り下げ、そこから得られる具体的なメリットを3つ紹介します。
さらに、その施策を効果的に進めるための具体的なステップや考慮した方が良い点についても解説し、企業がD&I推進を成功させるための実践的なロードマップを紹介していきます。
LGBTQ+施策が企業に求められる理由
企業がLGBTQ+施策に取り組む理由は多岐にわたりますが、そこには、現代社会の構造変化と企業の社会的責任への認識の高まりがあります。
例えば、多様な生き方やアイデンティティの認知が広がり、D&Iが企業の競争力に不可欠であるという認識が広まっていること、労働人口の減少が進む中で、企業は多様な人材を確保し定着させることがより重要になっている点などが挙げられます。
従業員や顧客の中にLGBTQ+当事者がいるにもかかわらず、その存在に配慮がない環境では、当事者は職場での居心地の悪さや、差別・偏見に直面するリスクを抱えることになります。
これは、個人のアイデンティティを傷つけるだけでなく、結果としてその従業員のエンゲージメントやモチベーションの低下、ひいては離職につながりかねません。
顧客の視点から見ても、信頼を失い、ブランドイメージを損なう可能性があります。
一方、LGBTQ+フレンドリーな環境は、優秀な人材の確保や定着率の向上に貢献します。誰もが安心して働ける職場は、結果として全従業員のエンゲージメントを高めることにもつながります。
LGBTQ+施策を取り組む3つのメリット
企業がLGBTQ+施策を導入することで得られる具体的なメリットについて、特に重要な3つをご紹介します。
1.生産性の向上とイノベーションの創出
LGBTQ+施策の導入は、生産性向上に大きく関わります。
多様性を取り入れたチームマネジメントを行うことで、誰もが自分らしく働ける環境が整うからです。LGBTQ+当事者が差別や偏見を感じることなく業務に集中できる職場であれば、その従業員の心理的安全性は大きく高まります。心理的安全性が確保された環境では、従業員は自分の意見を自由に発言し、新たなアイデアを気兼ねなく提案しやすくなります。
思ったことを素直に伝えられる職場環境は、自分らしく働くことができ、エンゲージメントを高めることにつながります。
結果としてチーム全体のパフォーマンスが向上し、ひいては業務効率のアップという効果をもたらします。
さらに重要なのが、イノベーションの創出です。
多様なバックグラウンド、経験、視点を持つ人々が集まる環境は、これまでにない発想や解決策を生み出す場所となります。
様々な視点からの議論は、これまでの枠組みにとらわれない新しいアイデアやビジネスモデルの発見につながり、企業の競争優位性を作り出す元となります。
実際、世界的に先進的な企業ほど、D&Iを推進し、多様な視点を取り入れることで、画期的な製品やサービスを生み出している事例が多く見られます。
■企業の事例
- Google
多様なバックグランドを持つ社員が「20%ルール(勤務時間の20%を自身の興味のあるプロジェクトに充てる制度)」を活用し、様々なアイデアを自由に提案・実行できる環境を整備しました。
その結果、GmailやGoogle Mapsといったサービスが社員の自発的な発想から生まれたと言われています。 - Apple
アクセシビリティ機能(視覚障害者向けのVoiceOverや聴覚障害者向けのキャプション)は、多様なユーザーが製品を快適に利用できるよう開発されており、結果として多くの人にとって使いやすいユニバーサルデザインにつながっています。 - ネスレ
アジア向けの調味料や、特定の宗教に対応した食品など、現地消費者のニーズを深く理解した製品を生み出すことで、グローバル市場での競争力を高めています。 - 資生堂
女性が長く活躍できるような働き方改革や、多様な人材の登用を進めています。これにより、ライフステージに合わせた化粧品や、様々な顧客層に響くマーケティング戦略などを進めることができています。 - P&G
顧客の多様性を理解するため、社員の多様性を重視しています。特定の文化圏に合わせたヘアケア製品の開発や、様々なライフスタイルを持つ家族のニーズに対応した家庭用品の改良など、多様な視点がイノベーションにつながっています。
2.採用力と定着率の強化
次に、LGBTQ+施策の導入は、採用の強化と人材の定着率にも良い影響を与えます。
現代の求職者、特に若い世代は、給与や福利厚生だけでなく、企業の文化や社会的責任への姿勢を重視しています。
※出典:キャリタス就活2021「就活生の企業選びとSDGsに関する調査」(株式会社ディスコ)
LGBTQ+施策を積極的に推進する企業は、多様な人材が集まりやすくなり、採用活動の幅が広がります。
ジェンダーや性的指向に関わらず誰もが安心して働ける職場は、企業にとって強いアピールポイントとなるでしょうか。
特にLGBTQ+当事者が転職を検討する場合、企業が性的マイノリティに対してどのような人事制度を整えているかは、入社を決める上で重要なポイントとなります。
例えば、以下のような具体的な制度は、大きな信頼獲得につながります。
- 同性パートナーへの福利厚生適用:結婚祝い金、慶弔休暇、家族手当、転勤時の住居支援など、異性間のパートナーシップと同等の福利厚生を同性パートナーにも適用する。
- 性別不合に関するサポート体制:性別適合手術時の休暇取得、通称名の使用、トランスジェンダー従業員のトイレ利用に関する配慮など、性別不合に関する具体的なサポートがある。
- 多様な家族構成への配慮:養子縁組、里親制度の利用、または事実婚関係にあるパートナーシップへの支援など、多様な家族の形を尊重する制度。
これらの施策と連動し、積極的に情報発信することで、企業は優秀な人材を確保することができ、採用の段階から高い信頼を得ることが可能となります。
結果として、入社後のミスマッチを防ぎ、早期離職の防止にもつながります。
3.企業価値の向上
最後に、LGBTQ+施策への取り組みは、企業の企業価値を向上させます。
現在では、企業は単に利益を追求するだけでなく、社会的責任(CSR)を果たす存在であることも求められています。したがって、LGBTQ+施策の推進は、企業の社会的な評価を高めます。
また、「PRIDE指標」のような評価基準で高い評価を得ることは、その企業がD&I推進において先進的であることを客観的に証明し、多様性を重視する企業としての信頼も高めます。
具体的には、以下のような影響が期待できます。
※PRIDE指標とは、「work with Pride」によるLGBTQ+に配慮した取り組みを評価する指標です。PRIDE指標を獲得することは求職者側の応募軸になるだけでなく、社内でのLGBTQ+に関する取り組みを見直す良い機会にもなります。
出典:work with Pride PRIDE指標
- 投資家からの評価向上:ESG(環境・社会・ガバナンス)投資の観点から、多様性への取り組みは企業の持続可能性を評価する重要な指標となります。D&Iに積極的な企業は、より多くの投資を呼び込む可能性があります。
- 消費者からの支持:特に若い世代や、D&Iに関心の高い消費者は、企業のLGBTQ+施策への取り組みを購買行動の判断材料とします。共感を呼ぶブランドは、市場での競争力を高めることができます。
- ビジネスパートナーとの関係強化:D&Iを重視する企業が増える中、LGBTQ+施策に積極的な企業は、新たなビジネスチャンスの獲得や、既存のパートナーシップ強化にもつながります。
このように、LGBTQ+施策への取り組みは、企業の内側から組織を活性化させるだけでなく、外側からも企業の評判と魅力を高め、長期的な成長を支える基盤となります。
LGBTQ+施策の進め方
では、実際に企業がLGBTQ+施策を導入し、推進していくためには、具体的にどのようなステップを踏めば良いのでしょうか。
ここでは、制度や環境などの「ハード面」と、意識や情報などの「ソフト面」の2つの視点から、その具体的な進め方を紹介します。
ハード面:制度と環境の整備による基盤をつくる
ハード面とは、企業のルール、制度、設備面など、目に見える形で変化をもたらす部分を指します。
これらの整備は、LGBTQ+施策の信頼性を高め、従業員が安心して働ける土台を築く上で不可欠と言えます。
1.既存の制度の見直しと課題の把握
まず、現行の人事制度(就業規則、福利厚生規定、評価制度など)や社内規則を見直し、LGBTQ+当事者にとって公平でない点や、配慮が不足している点を特定します。
例えば、「配偶者」の定義が異性間に限定されていないか、「性別」の項目が履歴書や社内システムで男女の二択になっていないか、性別やカミングアウトの可否によって評価に偏りがないか、などがあげられます。この課題の洗い出しを行い、従業員からの不満や改善要望を具体的に把握し、制度の透明性と公平性を高めることが、従業員のエンゲージメント向上につながります。
2.方針策定とロードマップの可視化
LGBTQ+施策は、単発的なイベントで終わらせないようにしましょう。
長期的な視点に立ち、社内における取り組みの目的、目標、そしてそれを達成するための具体的な戦略を決めます。
ロードマップを作成し、最終目標、期限、中間目標(マイルストーン)、主要な工程や具体的な取り組み、そしてそれぞれの時系列での進行計画を立てることで、関係者全員がプロジェクトの全体像を共有し、戦略的かつ効率的な活動を進めることができます。
経営層のコミットメントを明文化し、社内外に発信することも重要です。
3.現状の調査とデータに基づいた課題分析
具体的な施策を打つ前に、社内のコミュニティ活動などでLGBTQ+当事者の声を聞いたり、従業員の意識を把握するための調査(アンケート、ヒアリングなど)を実施することもポイントです。
意識調査を行う場合は、性的指向や性自認に関するセンシティブな情報であるため、匿名性を確保し、プライバシーに最大限配慮した方法で行うことが必要です。
調査結果を分析し、具体的な課題や改善点を特定することで、データに基づいた施策の実行が可能となります。
4.具体的な制度設計と導入
特定された課題に基づき、具体的な制度を設計し、導入します。
前述の同性パートナーへの福利厚生適用(社宅、慶弔休暇、家族手当、育児介護休業など)、性別不合に関するサポート(通称名使用、更衣室・トイレの選択肢提供、性別適合手術時の休暇など)、ハラスメント防止策の明文化(SOGIハラ防止規定の明記)、相談窓口の設置などが挙げられます。
これらの制度は、法律に基づき判断しつつ、より先進的な取り組みを取り入れることで、従業員の安心感を高めることができます。
ソフト面:意識啓発と文化醸成による心理的安全性の確保
ソフト面とは、意識や知識、言動、そして組織文化そのものに働きかける部分です。
これは、制度だけでは実現できない「心理的安全性」を確保し、真にインクルーシブな職場を作るために不可欠と言えます。
1.知識の習得と意識啓発
LGBTQ+当事者が職場で抱える具体的な困難や悩みを理解することが、施策の第一歩です。
例えば、履歴書での性別選択を強制したり、面接での服装で合否を判断したり、既存の制度が異性カップルを前提としていることなどが挙げられます。
企業は、LGBTQ+に関する正しい知識を広め、従業員の意識をアップデートするための学習機会を提供することが重要です。
- 社内研修の実施:外部の専門家を招いた研修、または社内講師による研修を定期的に実施します。基礎知識、SOGIハラ防止、アライ(LGBTQ+支援者)をテーマとします。
- eラーニングの活用:全従業員が各自のペースで学習できるよう、eラーニングコンテンツを導入します。
情報提供と啓発イベント:社内ポータルサイトでの情報提供、社内報での連載、LGBTQ+関連イベントへの参加推奨(プライドパレードなど)などを通じて、日常的に意識啓発を行います。 - ロールモデルの発信:社内のLGBTQ+当事者やアライの声を共有する機会を設けることで、多様な働き方を可視化し、共感を呼びます。
2.インクルーシブなコミュニケーションの促進
日常的なコミュニケーションにおいて、誰もが尊重される環境を作っていきます。
性別を特定しない表現の使用(例:「●●さん」を使用し、「くん」「ちゃん」を避ける)、呼び名の確認(通称名の使用)、多様な家族形態への理解などが含まれます。
これらは、単に言葉や使用に関しての可否を定めることよりも、普段からの信頼関係の構築が大事なポイントとなります。
3.相談窓口の設置と運用
LGBTQ+当事者が安心して相談できる窓口を設置し、その存在を周知します。
プライバシーが保護され、差別なく対応できる専門知識を持った担当者を配置することが重要です。相談内容に基づき、適切なサポートや解決策を提供できる体制を整えます。
これらのハード面とソフト面からの多角的なアプローチは、組織全体の変革を促し、D&Iを真に実現するための両輪となります。
ハード面、ソフト面の具体的な取り組み、そして具体的な企業の取り組み事例については、「LGBTQ+当事者が職場で困りやすいこととは?企業事例も紹介」でさらに詳しくご紹介しております。
ぜひ、実際の事例から学び、最適な施策を検討する際の参考にしてみてください。
D&Iは一度取り組んで終わりではありません。社会の変化や従業員の声に耳を傾け、継続的に見直しと改善を繰り返すことが重要です。
まとめ
LGBTQ+施策を含むD&Iの推進は、単なる企業の義務やトレンドではなく、未来への戦略的な投資にもなり得ます。これにより、企業は生産性の向上、優秀な人材の獲得と定着、そして企業価値の向上という多大なメリットを受けることができます。
また、多様な個性を尊重し、誰もが自分らしく輝ける職場は、企業の競争力を高めるだけでなく、社会全体の多様性を尊重する文化を育むことにも貢献します。
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