近年、企業におけるDEI(多様性、公平性、包括性)の重要性がますます認識される中、アメリカではトランプ政権の影響を背景に、一部の企業がDEI施策(特にLGBTQ+に関する施策)を縮小したり、見直したりしていることが報道されています。
一方、先月タイではついに結婚平等法が施行され、アジアでは台湾、ネパールに続き3か国目、東南アジアでは初の同性婚法制化が成し遂げられました。
そこで今回は「国際情勢から考える、LGBTQ+に関する今後の日本企業の施策の在り方」と題し、「アメリカ編」と「タイ・日本編」の前後編に分けてご紹介します。
まずはアメリカの情勢やその背景を知り、今後アメリカのDEIやLGBTQ+関連の企業の施策がどうなっていくかを予測し、日本企業の在り方を考えるきっかけにしてみましょう。
アメリカの情勢
トランプ大統領は、今年1月の就任演説で「本日から連邦政府が認める性別は男性と女性だけだ」と宣言し、就任初日から連邦政府のDEIプログラムを終了する大統領令をはじめ、多くのDEIやLGBTQ+保護に関する取組みを終了させる大統領令に署名しました。この決定により、アメリカ国内の企業ではDEIの取組みを見直すところも出てきました。
しかしトランプ大統領の再選以前から、アメリカでは一部の企業がDEIに関する取組を後退させていました。いわゆるアファーマティブ・アクション(積極的格差是正措置)※を違憲と判断しました。
この判決により、企業が雇用時や登用時にマイノリティに配慮した一定の目標値を設定することは違法行為に該当する可能性が生じ、DEI反対派による訴訟リスクを恐れた企業は自主的に目標設定を撤回していました。
その動きが、トランプ政権の急進的な反DEI政策を受けていっそう加速した格好です。
※アファーマティブ・アクション:性別や人種等の理由で差別を受けている人たちに対する、格差是正のための取り組みのこと。具体的には、教育や就業などで一定の枠を設け優遇するなどといった方法が採られているが、逆差別なのではないかという批判も受けている。
DEI方針を転換した主な企業
マクドナルド
米マクドナルド社は多様性の目標設定やサプライヤーに求めていたDEI 誓約を廃止すると表明しています。合わせてDEI推進チームの名称を「ダイバーシティチーム」から「グローバル・インクルージョン・チーム」に変更するということです。
しかし引き続き「DEIに対する姿勢と取り組みは揺るぎない」とし、日常の業務にインクルージョンを組み込むことに注力する方針です。
ウォルマート
米小売り大手のウォルマート社は公平性に関する従業員への研修を打ち切り、サプライヤーの多様性を高めるための取り組みを見直しています。今後は公式なコミュニケーションにおいて「DEI」という用語の使用を取りやめるとのことです。
しかし今後も、資金の使い方についてはガイドラインを強化しながら、補助金、災害救援、プライドパレードなどのイベントへの資金提供は続けていくようです。
メタ
FacebookやInstagramを運営するメタ社は多様性への採用面での目標設定を止めるほか、多様性の観点から取引先を決めてきた方針も廃止すると発表しました。社内のDEIに特化したチームもなくすとのことです。
しかし「引き続き異なるバックグラウンドを持つ候補者の採用を続ける」とし、何らかの形で多様性に配慮した取り組みを継続していくことも示唆しています。
Google社は今月、少数派の従業員の採用に関する数値目標を撤廃し、DEIプログラムを段階的に縮小することを社員向けに通知しました。
ただし、今後もトランスジェンダーや障害者のERG活動は継続し、「すべての従業員が成功し、平等な機会を得られる職場環境を作ることに注力する」方針も変わらないと表明しています。
DEI方針を継続する主な企業
コストコ
ウォルマートのライバルでもある小売り大手の米コストコは「私たちは30万人の従業員を抱えている。性別や人種、出身地、性的指向によらず平等な機会を適用することは会社の中核だ」として、保守系シンクタンクからのDEIプログラム廃止の株主提案に反対するよう経営陣から株主に呼びかけ、結果株主総会では98%の反対で否決されました。
株主からの圧倒的な支持を受け、コストコは引き続きDEIポリシーを堅持するとみられます。
Apple
アメリカを代表する大手テック企業である米アップルも、コストコ同様にDEI目標の撤回検討を求めた保守系シンクタンクの株主提案をめぐり、同社取締役会が反対票を投じるよう株主に勧告しました。結果、2月に行われた株主総会では反対多数で否決され、CEOのティム・クック氏はDEIについて「多少の変更は余儀なくされるかもしれないが、すべての人に対する尊厳と尊重は決して揺るがない」と改めて強調しました。
同社は「最高の製品を生み出すためには、従業員が安心して働ける環境が不可欠だ」とし、引き続きDEIやLGBTQ+に関する独自施策を継続したい意向とのことです。
マッキンゼー
米コンサル大手のマッキンゼーの経営陣は、従業員に宛てた2月3日付の文書で「能力主義の当社は今後も多様性を優先するのかと質問があった」としながらも、「答えはイエスだ。われわれは引き続きこの二つを積極的に追求していく。なぜなら多様性ある能力主義という両方の要素が当社を特徴付け、100年近くにわたり当社を定義付けてきたからだ」と、改めて多様性について誇りを持って推進することを宣言しました。
コカ・コーラ
米コカ・コーラ社はDEI目標に結びついた役員報酬インセンティブが逆差別であると保守系シンクタンクから攻撃されましたが、「当社がサービスを提供する市場の人口統計データを反映したものだ。多様性の実現を目的とした目標をこれからも維持していく」との声明を発表しました。
アメリカの今後
上記で見てきたように、企業によってDEIへの取組みを続けるか否かが分かれています。
報道ではDEI方針を転換した企業が大きく取り上げられる傾向がありますが、実際にはDEIに関する取組みの廃止・縮小を表明している企業は数十社にしか満たず、NY上場企業の数%程度と見られています。
また、DEIへの取組みを廃止したり縮小するとしている企業もその中身をよく見てみると、数値目標の撤廃や、専門部署・プログラムの名称変更などが主で、基本姿勢である「差別や偏見のない社会を目指す」ことは当然として継続するケースがほとんどです。
社会の分断が進む中、DEIはビジネスだけでなく、より良い社会を築くために必要不可欠な概念だといえます。
多様性を活かすことで成長してきたアメリカ社会が今後も経済的繁栄と社会福祉を両立していくためには、既に共に生きてきて、これからも共に生きていく人たちの声をしっかりと受け止め続けることが重要なのではないでしょうか。
今後、アメリカの多くの企業のDEI施策は、表面上は多少変更されるとしても、それぞれの事業に合わせビジョンやミッションに紐づいた独自のものに発展していくでしょう。
本記事ではアメリカのDEIに関する現状を伝えましたが、どのような政権下であっても、この世界にはLGBTQ+をはじめとする様々な人が暮らしています。
弊社では、ダイバーシティ推進をはじめ、LGBTQ+の人も働きやすい、生きやすい社会を作っていくことをミッションとしているので、世界や社会で起きているリアルな情報や声は伝えつつも、今後も信念をもって人と組織を明るく照らしていけるよう邁進していきます。
次回は同性婚法制化に湧くタイの状況をお伝えするとともに、日本企業が昨今の海外情勢を受けとめる際のポイントをご紹介します。
アメリカとタイ、日本と関係の近い国々の動向を通し、日本企業がこれからどのようにLGBTQ+関連の施策に取り組んでいけばよいか、一緒に考えていきましょう。