「〇〇市って、LGBTQ+施策が進んでいるらしいよ」
「将来引っ越すなら、あの自治体もいいかもしれないね」

LGBTQ+当事者のコミュニティでは、こんな会話を耳にすることがあります。

進学や就職、転勤、結婚、子育て、介護――ライフプランを考え、人生の節目で住む場所を検討するとき、「安心して暮らせる地域かどうか、その街で自分らしく暮らしていくイメージができるか」は、当事者にとって決して小さくない判断材料です。

もちろん、誰もが自治体の制度だけを理由に移住先を決めるわけではありません。それでも、「あの自治体は理解が進んでいる」「相談窓口が充実している」「パートナーシップ制度だけでなく、その先の支援もある」といった情報は、当事者同士の間で自然と共有されているようです。

私はLGBTQ+当事者であると同時に、DEI推進に携わる立場として、多くの
「誰もが安心して暮らせるまちをつくりたい」という
熱い思いを胸に、地道に施策を進めている自治体職員の方々とご一緒してきました。

企業では経営環境や事業状況によって施策の優先順位が変わることもあります。一方、自治体も予算や人事異動などの課題を抱えながら、住民の暮らしに寄り添う取り組みを続けています。

今回は、そんな自治体におけるLGBTQ+施策の現在地を振り返りながら、DEI担当者として、そして当事者として感じていることをお伝えしたいと思います。

約10年前、自治体の取り組みが新たな一歩を踏み出した

今では全国各地で当たり前のように耳にする「パートナーシップ制度」。

しかし、この制度が誕生したのは今からまだ約10年前のことです。

201511月、東京都渋谷区が全国で初めて同性パートナーシップ証明制度を開始しました。同じ月には世田谷区もパートナーシップ宣誓制度をスタートし、「自治体が性的マイノリティを公に支援する」という制度面での新しい時代の幕が開きました。
当時、この出来事は日本国内だけでなく海外でも大きく報じられたようです。

もちろん、自治体のパートナーシップ制度は法律上の婚姻ではありません。法的効力も婚姻とは異なります。
それでも、この制度には大きな意味がありました。
自治体が初めて、「性的マイノリティの住民も、この地域で安心して暮らす大切な住民である」「法的に保障されなくとも、せめて暮らしにより近い自治体単位ではふたりのパートナーシップを尊重する」というメッセージを公に発信したからです。

制度そのもの以上に、「自治体が存在を認める」という社会的なインパクトは非常に大きく、多くの当事者にとって希望となりました。

10年で、日本の景色は大きく変わった

渋谷区と世田谷区が一歩を踏み出してから約10年。
現在ではパートナーシップ制度は全国へ急速に広がり、20255月末時点では530自治体が制度を導入しています。人口カバー率は92.5%に達し、日本に住む10人のうち9人以上が制度を利用できる地域で暮らしていることになります。
この数字を見ると、「パートナーシップ制度を導入するかどうか」の時代は、すでに一つの節目を迎えつつあるようにも感じます。

もちろん、制度が存在することと、安心して暮らせることは同じではありません。
しかし、10年前には一部の自治体だけの挑戦だったものが、ここまで全国へ広がったことは、日本社会における大きな変化と言えるでしょう。

興味深いのは、制度の広がりとともに、自治体同士が連携する動きも加速していることです。
近年、多くの自治体が取り組み始めているのが、自治体間でのパートナーシップ制度の連携です。
以前は、制度を利用しているカップルが別の自治体へ転居すると、改めて宣誓や必要書類の提出を行わなければならないケースが一般的でした。
しかし近年は、制度を導入している自治体同士が協定を結び、転居時の手続きを簡素化する動きが全国で広がっています。東京都も近隣自治体や他県との連携を進めており、利用者の負担軽減につながっています。

これは一見すると事務手続きの改善に見えるかもしれません。
しかし、当事者にとっては決して小さな変化ではありません。
就職や転勤、家族の事情などで住む場所が変わることは誰にでもあります。そのたびに「せっかく利用していた制度がリセットされてしまう」という不安を減らせることは、「安心して人生設計ができる」ことにもつながります。
私はこうした取り組みを見るたびに「制度は導入して終わりではなく、暮らしに寄り添いながら育っていくものなのだ」と感じます。

そして実は、多くの自治体では、パートナーシップ制度のさらにその先へと歩みを進めています。
「証明書を発行する」だけではなく、「暮らしの中で本当に役立つ制度」にするための工夫が、全国で少しずつ積み重ねられているのです。

「制度がある」から、「暮らしを支える」へ

パートナーシップ制度は、この10年で急速に全国へ広がりました。
では、その次のステージは何でしょうか。

私は、「制度を導入したかどうか」ではなく、「その制度が住民の暮らしをどこまで支えられているか」だと考えています。

近年は、パートナーシップ制度を入口として、さまざまな行政サービスを見直す自治体が増えてきました。

例えば、住民票の続柄表記への配慮。
法律婚ではない同性カップルにとって、住民票の記載方法は日常生活にも関わる大切なテーマです。自治体によっては、実態に即した続柄の表記ができるよう運用を見直しています。

また、市営住宅・県営住宅への入居要件を見直し、同性パートナーも家族として入居できるようにする自治体も増えてきました。

さらに、災害弔慰金など災害時の支援制度、各種手当、行政手続きにおける家族としての取り扱い、投票時のプライバシーへの配慮など、一つひとつの制度を見直す動きも広がっています。

どれも派手なニュースになるものではありません。
しかし、当事者にとっては「安心して暮らせる地域かどうか」を左右する、大切な制度ばかりです。

LGBTQ+施策というと、どうしてもレインボーフラッグやプライド月間のライトアップなど、目に見える取り組みに注目が集まりがちです。
もちろん、こうした取り組みには「私たちは多様性を尊重します」というメッセージを社会へ発信する大切な役割があります。

一方で、本当に暮らしやすい自治体とは、、その先にある日常の制度や相談体制、教育、医療など、日常生活の中にある「ちょっとした困りごと」を一つずつ減らしていける自治体なのではないでしょうか。
制度は、一度つくれば終わりではありません。
住民の声を聞きながら改善を重ね、少しずつ育てていくものなのではないでしょうか。

地域らしさを生かした先進自治体の取り組み

先進的な自治体の取り組みを見ていると、「正解は一つではない」ということに気づきます。

それぞれの地域性を生かしながら、多様なアプローチで理解促進を進めているのです。ここからは、いくつかの自治体の主な取り組みを紹介していきます。

群馬県― 当事者とともに育てる地域づくり・当事者団体「ハレルワ」と協働した理解啓発

  • 企業・学校・地域との連携
  • 2024年「ぐんまレインボープライド」の開催

 当事者団体「ハレルワ」と協働しながら理解啓発を進めている点が特徴です。行政だけで施策を考えるのではなく、当事者コミュニティとともに地域づくりを進め、その積み重ねの先には県内初の「ぐんまレインボープライド」の開催も実現しました。行政と当事者が信頼関係を築きながら取り組みを育てている好例といえるでしょう。

 埼玉県地域にアライを広げる仕組みづくり

  •  アライチャレンジ企業登録制度
  • 理解促進動画の制作・発信
  • 地域全体でアライ(ALLY)を増やす取り組み

 「アライを地域全体に増やす」という視点が特徴です。「アライチャレンジ企業登録制度」のほか、理解促進動画の制作・発信などを通じて、制度だけでなく「理解者を増やす」ことにも力を入れています。地域全体でアライを育てる仕組みづくりを進めています。

 京都府地域全体を巻き込む連携

  •  百貨店・大学・地域団体と連携したプライド月間の取り組み
  • 行政だけで完結しない理解促進

 行政だけで完結せず、企業や大学、地域団体と連携しながら理解促進を進めている点が特徴です。プライド月間には、大丸京都店をはじめとするさまざまな主体と協働し、地域全体で多様性を考える機会をつくっています。

 大阪市淀川区全国初の「LGBT支援宣言」

  •  2013年、全国で初めて「LGBT支援宣言」を実施
  • 行政として性的マイノリティを支援する姿勢を明確化
  • 継続的な理解啓発や相談体制の充実

 2013年、全国で初めて「LGBT支援宣言」を行い、自治体として性的マイノリティを支援する姿勢を明確に打ち出しました。制度整備に先立ち、「自治体が支援を表明する」という新たな一歩を示した先駆的な取り組みとして、その後の自治体施策にも大きな影響を与えました。

 東京都企業との連携で社会全体へ

  •  東京都パートナーシップ宣誓制度の運用
  • 企業向けポータルサイトの開設
  • 無料の企業研修や訪問支援、LGBTフレンドリー宣言、アライ啓発(TOKYO ALLY

 パートナーシップ宣誓制度の運用に加え、企業向けポータルサイトを開設し、無料研修や訪問支援、LGBTフレンドリー宣言などを通じて企業の取り組みも後押ししています。行政サービスの充実だけでなく、企業との連携を通じて社会全体の理解促進を目指している点が特徴です。

 

こうして各自治体の取り組みを見ていると、「正解は一つではない」ということを改めて感じます。

当事者団体との協働を大切にする自治体、アライを地域に広げようとする自治体、企業や大学など地域全体を巻き込む自治体、いち早く支援の姿勢を打ち出した自治体、企業への働きかけを通じて社会全体の理解促進を目指す自治体――それぞれが地域の特色を生かしながら、異なるアプローチで取り組みを進めています。もちろん、先進的な取り組みを進めている自治体は、ここで紹介した自治体だけではありません。

他にも全国各地で、それぞれの地域課題や特色に合わせながら、多様な主体と連携し、LGBTQ+施策を前へ進めようとする自治体が少しずつ増えています。

「この地域だからできることは何だろう。」そう考えながら歩みを進めている自治体担当者の皆さんの姿勢こそが、日本全体の理解促進を支えているのではないでしょうか。

認証・登録制度-自治体と企業との連携

自治体によるLGBTQ+施策は、住民向けの制度や啓発だけではありません。近年は、企業の取り組みを後押しする認証・登録制度を設ける自治体も増えています。

例えば、企業のLGBTQ+施策を評価する「PRIDE指標」に自治体として挑戦する例もあれば、自治体独自の制度を設け、地域企業の取り組みを可視化・支援する動きも広がっています。

主な認証・登録制度

 PRIDE指標

富田林市、掛川市、苫小牧市などでは、自治体としてPRIDE指標に挑戦しています。外部の評価指標を活用しながら、自らの取り組みを客観的に見直し、改善につなげようとする姿勢が特徴です。

埼玉県「アライチャレンジ企業登録制度」

県内企業の取り組みを「見える化」し、性の多様性に配慮した職場づくりを後押しする制度です。企業が次の一歩を踏み出しやすい環境づくりを目指しています。

 大阪市「LGBTリーディングカンパニー認証制度」

性的マイノリティへの配慮や支援に積極的に取り組む企業・学校などを認証する制度です。先進的な取り組みを社会に広く発信することで、地域全体への普及を目指しています。

 福岡市「ふくおかLGBTQフレンドリー企業登録制度」

性的マイノリティを支援する企業を登録・紹介し、専用ロゴマークの付与などを通じて、企業の取り組みを可視化しています。市民や企業双方への理解促進につなげることを目的としています。

 

自治体によって制度の名称や仕組みは異なりますが、共通しているのは、「企業を評価する」ことではなく、「企業の取り組みを後押しする」という姿勢です。

LGBTQ+施策は、行政だけで完結するものではありません。企業と自治体がそれぞれの立場から取り組みを進め、その実践を地域全体へ広げていく。こうした動きは、これからのDEI推進の大きな力になっていくのではないでしょうか。

議論が、理解促進のきっかけになることもある

LGBTQ+施策は、ときに議会や地域社会の中でさまざまな議論が交わされることがあります。
担当者にとっては、決して簡単なテーマではありません。

一方で、そのような議論が起きたことを契機に、かえって理解啓発が大きく前進した自治体もあります。

例えば東京都足立区では、議会などでの議論をきっかけに、改めて職員研修や情報発信、理解啓発の重要性が認識され、その後の取り組みにつながっていきました。

もちろん、議論そのものが目的ではありません。
しかし、多様な意見が交わされた後に、「だからこそ正しい情報を届けよう」「住民に丁寧に説明していこう」と前向きな取り組みへつなげていく姿勢は、多くの自治体に共通しているように感じます。

LGBTQ+施策は、一度制度を整えれば終わるものではありません。
社会の変化や住民の声を受け止めながら、少しずつ前へ進み続けることが大切なのだと思います。

社員は、会社だけで生きているわけではない

自社の中で、アライを増やし、制度を整え、相談しやすい環境をつくる。
それは、企業におけるDEI推進において非常に重要なことです。
しかし、私が最近あらためて感じているのは、それだけでは社員の「生きやすさ」は完成しないということです。

社員は、会社だけで生きているわけではありません。
仕事を終えれば地域へ帰り、休日には買い物へ行き、病院を受診し、行政サービスを利用し、災害が起きれば地域の避難所へ向かいます。結婚やパートナーとの暮らし、子育てや介護など、人生の大半は地域の中で営まれています。

つまり、「働く場所」がどれだけインクルーシブであっても、「暮らす場所」に生きづらさが残っていては、その人が本当の意味で安心して生活できるとは言えません。
だからこそ、企業のDEI担当者として、自治体との連携をもっと深めていきたいと考えています。

企業は「働く」を支えることができます。
自治体は「暮らす」を支えることができます。

どちらか一方だけではなく、その両方がつながることで、一人ひとりの人生全体を支えることができるのではないでしょうか。
私は、この視点がこれからのDEIには欠かせないと感じています。

「住みたいまち」は、みんなでつくるもの

この記事は、「引っ越すなら、あの自治体がいいよね。」

そんな当事者同士の何気ない会話から始めました。
安心して暮らせる地域は、パートナーシップ制度があるだけで実現するものではありません。
相談できる場所があり、必要な制度が整い、学校や医療、地域企業、行政、それぞれが少しずつ理解を深めていく。
そうした日々の積み重ねがあって初めて、「このまちで暮らし続けたい」と思える地域になっていくのだと思います。

そして、その地域をつくるのは自治体だけではありません。
企業も、学校も、医療機関も、NPOも、地域で活動する一人ひとりも、その担い手です。
企業には企業だからこそできることがあり、自治体には自治体だからこそできることがあります。
互いの強みを持ち寄り、ときには学び合いながら、一歩ずつ前へ進んでいく。
その積み重ねが、「住みたいまち」をつくることにつながっていくのではないでしょうか。

まとめ

アカルクは、これまで企業はもちろん、多くの自治体のLGBTQ+をはじめとするDEI推進を支援してきました。
当事者は地域の中で暮らし、地域の中で人生を重ねていきます。

自治体だけで、誰もが安心して暮らせる地域づくりを完結することはできないでしょう。地域企業や教育機関、医療機関、NPOなど、多様な主体との連携があってこそ、取り組みは暮らしの中に根付いていきます。

 だからこそ、企業と自治体が互いの知見を共有し、連携しながら、多様な人が安心して「働き、暮らせる」社会をつくっていくことが大切だと考えています。

アカルクでは、企業向けの制度設計や研修、PRIDE指標取得支援はもちろん、自治体職員向け研修や地域での理解啓発、企業・自治体・教育機関・支援団体をつなぐ取り組みにも力を入れています。

「制度を整えたい」「理解を広げたい」「地域全体で取り組みを進めたい」。
そんな思いを持つ企業や自治体の皆さまと、これからも一緒に歩んでいけたら嬉しいです。

 

執筆者:ししまる

IT中堅企業の人事としてDEI施策全般を主導する傍ら、社内外でLGBTQ +の支援活動にも従事。
企業内担当者として、
さらにイチ当事者としての目線からも、自分らしく働ける組織づくりについて発信します。