「LGBTQ+支援にも取り組まなければいけないのは分かっている。でも、他の業務だけで手いっぱいで…」
現場でよくそんな声を耳にします。
実際に、日本の企業で「LGBTQ+支援専任」の担当者がいる職場はまだごく一部で、多くの場合、育児や介護との両立支援・女性活躍推進・健康経営・ESG対応など、他のテーマと掛け持ちでダイバーシティ施策を担当しているのが現実のようです。
実は、その立場だからこそできることもあります。
このブログでは、「掛け持ち担当」だからこそ活かせる視点や工夫を、具体的な事例とともにご紹介します。
1.掛け持ち担当の強みは「橋渡し」と「協働」
掛け持ちで複数テーマを担当していると、「専門性が分散してしまう」と考えがちかもしれません。
しかし視点を変えれば、それは部門やテーマを横断して橋をかけられる立場とも言えます。
さらに、掛け持ち担当だからこそできるのが、マイノリティ同士の連帯や協働です。
例えば、
- 「社内にうっすらと自分の属性を排除するような雰囲気がある」
- 「社内制度が自分の存在を前提としていない」
- 「制度利用を申し出づらい雰囲気がある」
という課題。
これは、障害のある社員、外国籍社員など、他の少数派の方も同じように直面する構造的問題です。
共通する困りごとの根幹は、社内のマジョリティ(特権を持つ層)が暗黙の前提として築き上げてきた制度や文化が、一部の人にはフィットしないということです。
だからこそ、属性を横断して共通の課題として取り上げ、改善策を共有できる可能性があります。
2.他領域との「連帯・協働」が生むメリットと注意点
LGBTQ+施策を他のDEI領域と掛け持ちしていると、自然と連帯・協働の機会が増えることが多いでしょう。
例えば、育児・介護支援や障害者雇用、外国籍社員の受け入れなど、「社内のマジョリティが暗黙の前提としてきた働き方や制度がフィットしない」という構造的課題は、属性をまたいで共通しています。
連帯・協働のメリット
- 課題発見力の相乗効果
ある属性の課題に取り組んでいると、別の属性でも似た障壁があることに気づきやすくなる。
例:育児・介護社員向けの柔軟な勤務制度検討が、トランスジェンダー社員の通院配慮にも応用できる。 - 共感と理解の促進
マイノリティであるがゆえの孤立感や声の届きにくさを、異なる領域の当事者同士が理解し合えることで、施策の説得力と支援ネットワークが強化される。 - 制度改善のスピードアップ
複数領域からの「同じ課題」指摘は、経営層や制度設計部門への説得力を増し、改善の優先度を引き上げる。
注意点
ただし、「連帯・協働」=すべての課題を一括りに扱うことではありません。
それぞれの属性には固有の事情があり、包括しすぎると誰かが取りこぼされるリスクがあります。
- 法律・制度の支援格差
例:異性間カップルの育児や介護には法的な休暇制度が整備されている一方、同性カップルについては法定義務がない。制度設計時には「法的保障の有無」を踏まえた格差是正を検討する。 - 可視性の違いによる配慮
例:車椅子利用者など物理的に可視化されやすい違いと、性的指向・性自認のように外からは分からない・分かりづらい違いでは、支援アプローチや情報の扱い方が異なる。特に後者は、の強要やアウティングを防ぐ仕組みが必須である。
属性固有のニーズの透明化
たとえ共通課題があっても、「○○領域にも役立つから」という理由で固有課題を薄めない。確かに、属性を超えて共通化できる課題や、汎用的な解決策が有効な場面は多い。例えば制服について「女子もパンツスタイルを選べるようになったことで、防寒や防犯の観点からも安心できるようになった」といったように、共通化によって複数の層にメリットが生まれるケースもある。
一方で、属性ごとに異なる課題があることを見落としてはならない。
「本当にスカートを履きたい男子が安心してその選択をできる環境なのか」といった視点は、依然として必要である。
ユニバーサルデザインを目指すこと自体は大切であるが、「誰にとっての使いやすさか」利用者が誰かによって求める配慮は異なる。
あれこれ包摂化を目指して、従来の制度やルールの中で特に困難を抱えていた人が解消されないままになってはいけない。本来の焦点である「誰の困りごとを解消するための施策か」を常に意識することが重要である。
実務での活かし方
- 共通課題のマッピング
各領域から挙がる課題を並べ、共通部分と固有部分を可視化。両方を施策設計に反映する。 - 連携チームの形成
領域を横断する小規模ワーキンググループを作り、相互理解と施策の相乗効果を狙う。 - 固有課題の尊重
会議や資料では、共通施策と固有施策を必ず分けて提示。混同を避け、固有ニーズを「ついで扱い」にしない
3.掛け合わせの具体事例(LGBTQ+視点×他DEI領域)
ここからは、私自身や他社の事例をもとに、LGBTQ+以外のDEIテーマと掛け合わせた具体例をご紹介します。
例1. 包摂的な健康支援の推進:多様な性の視点を
近年、女性活躍推進・少子化対策などの国の方針を反映し、大企業を中心に、女性活躍推進や健康経営の一環として『女性』の健康支援(婦人科系がんや生理についての研修など)や、プレコンセプションケアの啓発活動が実施されることが多くなってきました。
しかし、案内や内容が限定的すぎたり、表現の仕方によっては排除されてしまう当事者の方もいるかもしれません。。
単に「女性向けセミナー」などの呼びかけではなく、目的や届けたい層に応じて最も適切な表現を選ぶ姿勢が大切です。
特にセミナーの案内文や啓発資料においては、参加者に「自分ごと」としてとらえてもらうためにも、できるだけ疎外感を生まず、多様な人を包摂できる書き方を工夫できるとよいでしょう。例えば次のような表現はいかがでしょうか。
・「月経や更年期などの体の変化について扱うセミナーです。性別にかかわらず、関心のある方はご参加いただけます。」
また、対象となる人に確実に情報を届け、安心して参加してもらうためにあえて「女性向け」という表現を使わざるを得ない場合でも、「排除の意図はない」ことを補足することで、誤解や不安を減らせる可能性があります。
例えば、
「表現に配慮しつつご案内しておりますが、ご不安がある場合はお気軽にお問い合わせください。」
といった一文を添え、LGBTQ+関連の相談窓口の連絡先を載せるだけでも、安心感につながるでしょう。
そして、実際にどう表現すればよいか迷ったときには、当事者やアドバイザーの声を聞きながら調整していくことが重要ではないでしょうか。
さらに、プレコンセプションケア(妊娠前からの健康管理)をテーマに研修を行う場合も繊細な配慮が必要です。
LGBTQ+当事者には、子どもを授かる・持つ選択肢を遠く感じている場合や、持たない選択をする人もいます。
一方で、「持ちたい」と考えていても、法制度・経済的条件・医療アクセスなどの制約から、子どもを持つためのハードルが高い場合も少なくありません。
そうした背景を踏まえずに、「妊娠・出産がライフの“正解”」という前提で進行すると、精神的負担や疎外感を与えてしまう可能性があります。
包摂的に進めるための工夫
- 多様な選択肢を前提にする
妊娠・出産だけに焦点を当てず、SRHR(性と生殖に関する健康と権利)全般をテーマとし、LGBTQ+を含む多様な性やライフスタイルについても触れる。
避妊や性感染症予防、性的同意、月経や更年期対応、多様な家族形成のあり方などをバランスよく取り上げる。 - ジェンダー中立の表現を使う
「女性特有の〜」ではなく「子宮・卵巣を持つ人の〜」など、解剖学的説明と属性を切り分ける。 - 参加対象を柔軟に設定する
当事者だけでなくパートナーや上司、同僚も対象に含め、職場全体で理解を促進する。 - プレコン=妊娠準備のためだけではないことを明示的に伝える
妊娠に関する情報を扱う場合も、「将来の可能性の一つとして」「身体の理解のための基礎知識として」提供し、特定の人生設計を押し付けない。
こうした見直しで、職場全体のインクルーシブ度は飛躍的に高まります。
例2. 育児両立施策の呼びかけの見直し:多様な家族形態を前提に
育児と仕事の両立支援は、多くの企業で充実が進んでいます。
しかし、社内の告知や説明の仕方によっては、特定の家族モデル(異性婚+子ども)を前提にしてしまい、当事者や他の社員が疎外感を抱くことがあります。
例えば、
・「お父さん・お母さん向け説明会」
・「ママ・パパ社員交流会」
といった呼びかけは、同性パートナーやひとり親、里親、養子縁組をしている家庭、性自認が戸籍と異なる親にとって参加しづらい雰囲気を生みがちです。
包摂的な呼びかけの工夫
- 役割ベースで呼びかける
「育児をしている社員」「子育てに関わる全ての人」など、性別や婚姻形態に依存しない表現を使う。 - 家族形態の多様性を明示
社内告知で「同性パートナーや養子縁組を含むすべての保護者が対象です」と書き添える。 - 制度利用のハードルを下げる
法定対象外のケース(例:事実婚・同性パートナーの子育て)でも、会社として認める制度がある場合は積極的に周知。 - ビジュアルや事例の多様化
告知ポスターや説明資料に、性別・人種・家族構成の多様なイラストや事例を盛り込み、無意識の「典型的家族像」を崩す。
実務での効果
- LGBTQ+を含む多様な家族形態が可視化される
- 制度利用率の向上
- 社員間の相互理解の促進
育児両立支援は、育児中の社員だけでなく、将来子どもを持つ可能性のある人や、家族の形が多様な人にも関係するテーマです。呼びかけ方ひとつで、施策の包摂性と参加率は大きく変わります。
例3. ジェンダー比率のカウント方法の見直し
DEIに関する指標を集計する際、「社内の見える化のための統計」と「対外報告・認証のための統計」は切り分けが必要です。
- 社内のモニタリングでは本人の性自認を尊重した設計が望ましい
- くるみん認定やえるぼし認定などの公的認定・外部スキームでは、男女の定義や算出方法が国や審査元で定められている場合がある
例えば“女性管理職比率”を算出する場合でも、えるぼし認定やくるみん認定など、どの制度や報告先を前提とするかによって、性別の区分けの仕方が異なることがあります。ある制度では戸籍上の性別に基づいて集計することを求められる一方で、別の制度では本人の自認に基づく性別を尊重できる場合もあります。
また、DEI担当者が対応を任されることの多い官公庁からの各種調査(例:内閣府による女性役員比率調査、厚労省や経産省による雇用均等関連調査など)についても、それぞれ集計方法や区分が細かく定められています。さらに、日経や東洋経済など民間から依頼される各種アンケートでも、採用人数や管理職比率などジェンダー別のデータ提出が求められるケースが少なくありません。
そもそも、こうしたジェンダー比率の算出は「マイノリティ活躍の進捗を可視化するため」に行われるものです。その目的を踏まえると、「女性」の枠にLGBTQ+を含めてカウントしてよい、という運用が認められているケースもあるようです(明記されていない場合もありますが)。
だからこそ「国の調査や認証制度だから戸籍上の性に限られるだろう」と思い込まず、確認してみる姿勢が大切ではないでしょうか。
実際に地域の労働局(雇用環境・均等部局等)などの窓口へ確認することで、定義や運用の考え方が明確化されたり、一定の柔軟性が認められることもあります。確認する手間は増えるかもしれませんが、そのやりとり自体が「現場の課題」を届ける機会となり、将来的にジェンダー比率のカウント方法が見直され、より明確に示されるきっかけになるかもしれません。
仮に特定の認定や申告で「戸籍上の性別でカウント」という指定があっても、担当者としては以下のポイントで検討するとよいでしょう。
- その数値は何のために使われるのか?
- その算出方法は当事者の尊厳や安全を損なわないか?
- 内部向けには本人申告ベースの指標も併用できないか?
外部提出値は要件に準拠しつつ、社内モニタリングでは「本人申告に基づく集計」を併行運用する方法も可能です。
これにより、対外説明責任と社内の包摂性向上を両立できます。
4.掛け持ちのデメリット──物理的なマンパワー不足
掛け持ちにはデメリットもあります。最大の課題は、時間と労力の不足です。
- 最新情報のキャッチアップが難しい
LGBTQ+分野は法改正や社会動向の変化が早く、半年で情報が古くなることも。日々のウォッチには時間が必要ですが、掛け持ちだと難しい場合があります。 - 施策のモニタリングや改善に手が回らない
導入した制度や研修の効果測定を後回しにし、「やりっぱなし」になりがちです。 - 相談窓口の専門性維持が難しい
掛け持ちの多忙さから、相談者の悩みにじっくり向き合えず、外部リソースへの適切な橋渡しができないこともあるかもしれません。 - 当事者ニーズをつかみにくいリスク
専門性が社内外に十分伝わらず、「この人、どこまでわかっている?」と疑念を持たれる場合があります。その結果、相談に踏み切りにくくなることも。
こうした課題は、「掛け持ちだからこそ」やりやすいことがある一方で、「掛け持ちだからこそ」追いつけない部分でもあります。
情報収集や専門知識のアップデート、制度設計のブラッシュアップ、当事者ネットワークの維持には、外部の専門家やコンサルティングの活用が効率と質の両立につながります。
5.持続可能な掛け持ちのために
外部の専門家やコンサルタントの活用が有効です。
例えば:
- 施策の現状分析と改善提案(PRIDE指標準拠)
- 社員研修や管理職向け研修の設計・実施
- 社外相談窓口の設置・運用
- 最新動向や法改正情報の提供
- 当事者ヒアリングや匿名アンケートの代行
こうした外部リソースを活用すれば、社内で手が回らない部分を補い、施策の質とスピードを維持できます。
掛け持ち担当者にとって重要なのは、すべてを自分で完璧にカバーしようとせず、要点を押さえて対応の質を維持することです。
時間や専門性が足りない部分は、外部の手を借りることも前向きに検討してください。
このメリハリをつけることで、掛け持ちでも施策の実効性を保ちつつ、持続可能な運営が可能になります。
まとめ
ここまで、LGBTQ+支援を他領域と掛け持ちしながら担当することで得られる視点や工夫、直面しやすい課題やリスクを見てきました。
掛け持ち担当は、「専門性が薄くなる立場」ではなく、「複数テーマを横断してインクルーシブな視点を広げる立場」です。
育児支援や健康経営、女性活躍推進などの他領域にLGBTQ+の視点を組み込むことで、制度はより公平に、職場文化はより包摂的になります。
とはいえ、すべてをカバーするのは難しいでしょう。
特にLGBTQ+については、最新の知識や社会動向、当事者のリアルな声など、専門的視点が求められる場面もあります。
だからこそ、足りないところは外部の力をうまく活用してください。
株式会社アカルクは、企業や組織の取り組みを支援するパートナーとして、ガイドライン策定や研修設計、制度整備のサポートを行っています。
また、ご担当者様の他業務をヒアリングし、そこで培われた知識や経験をLGBTQ+支援にどう活かすかについてのアドバイスも行っています。
持続可能でインクルーシブな職場づくりの土台を共に築きたい方は、ぜひお気軽にお問い合わせください。
執筆者:ししまる
IT中堅企業の人事としてDEI施策全般を主導する傍ら、社内外でLGBTQ +の支援活動にも従事。企業内担当者として、さらにイチ当事者としての目線からも、自分らしく働ける組織づくりについて発信します