前編では、2025年に日本企業が実践してきたLGBTQ+施策の広がりや進化を見てきました。
しかし同時に、企業の取り組みが進むからこそ、法制度や社会構造との間にある緊張関係や限界も、よりはっきりと浮かび上がってきた一年だったと言えるでしょう。
後編では、同性婚をめぐる司法判断、企業による声明や文化的発信、評価指標の動向、地域やスポーツ分野への波及などを通じて、
企業のDEI推進が社会とどのように接続され、また問い直されているのかを整理していきます。
ビジマリ加盟企業の拡大と、同性婚訴訟の現在地
同性婚(婚姻の平等)の法制化に賛同する企業を可視化する取り組み Business for Marriage Equality(通称:ビジマリ) は、2025年12月1日時点で加盟企業数が670社に達しています。業種・企業規模を問わず賛同が広がっており、婚姻の平等が一部の先進企業だけのテーマではなく、日本企業全体の共通課題として認識されつつあることがうかがえます。
一方、同性婚をめぐる司法の動きは、企業にとっても無視できない局面を迎えています。これまで複数の高裁が「違憲」判断を示してきた中で、2025年11月、東京高裁が同性婚を認めない現行制度を「合憲」と判断したことは、多くの関係者にとって意外性のある出来事だったといえるでしょう。
こうした環境下では、「法改正を待つ」姿勢だけでは、社員の安心へのアプローチや企業としてのメッセージを十分に示せません。
ビジマリへの賛同は、制度が整わない中でも企業として明確な立場を示す手段であり、社内外に対する価値表明の一つとして、改めて意味を持っているのです。
★ポイント
- 企業の自主的な取り組みが「代替手段」として扱われかねない現実にNO!
東京高裁の合憲判断では、自治体や企業によるパートナーシップ制度の存在が理由の一つとして言及された。
企業はこれまで、法制度が整わない中で「せめて自社できる範囲での権利保障を」と当事者の不利益を補う努力を重ねてきたが、その努力こそが法的不平等を温存してよい根拠のように扱われてしまっている。
法で認められていない現実を前提に工夫を重ねてきた企業だからこそ、「この状況は十分ではない」というメッセージを発信する役割を担いうる。だからこそ、企業が自主的に意思表示することの意味が相対的に高まっている。
出典:Business for Marriage Equality 公式サイト
アミューズ — 企業声明と作品を通じた多様性の発信
2024〜25年にかけて、大手芸能事務所アミューズは、同性婚をめぐる司法判断や社会的議論に対して、企業として一歩踏み込んだ姿勢を示しました。特に先述した東京高裁の判決が出された当日に、法務部名義でLGBTQ+の尊厳や個性の尊重を訴える公式声明を発表した点は、政治的発言と捉えられがちな声明を避ける日本企業としては異例の発信として注目されました。
声明では、各人が生まれ持った個性を尊重し誰もが誇りを持って生きられる社会の実現を願う意志が表明されています。
このような発信背景には、アミューズが展開するエンターテインメント作品の文脈もあるのでしょう。
2025年には、1960年代の実際の事件を題材に、性別適合手術の違法性を問う裁判を描いた映画『ブルーボーイ事件』が公開されました。
また、同社が手掛けるミュージカル『キンキーブーツ』は、「なりたい自分であれ(Just be who you wanna be)」というメッセージとともに、多様性/自分らしさを物語る作品として支持を集めています。
これらの文化的発信との一貫性を持って企業としてのメッセージが発信されているのです。
★ポイント
- 企業として司法判断に言及する異例の声明
アミューズは東京高裁の判決を受け、「誰もが良く生きられる自由」を実現するという価値観を掲げ、当事者への敬意や表現の力を信じる姿勢を明確にしました。 - 作品を通じた文化的関与
映画『ブルーボーイ事件』や『キンキーブーツ』といった作品を通じて、多様な性や歴史・物語を描くことで、企業としての当イシューに対する姿勢を形作っています。
PRIDE指標/レインボー認定2025 — 量よりも「広がり方」に特徴が出た年
2025年11月に結果が発表された 「PRIDE指標2025」では、国内企業・団体からの応募が総計 931社 に達しました。
応募企業のうち、ゴールド・シルバー・ブロンズとして区分された企業数が発表される一方で、「レインボー認定」を取得した組織は過去最高となっており、自社内にとどまらず社会へのインパクトが広がっています。
申込企業数自体は、評価基準が難化したこともあり昨年と比べて微減となりましたが、当初懸念されていたアメリカ由来の反DEI的な逆風が影響した様子は限定的であった点が報告書のコメントから読み取れます。
また、特徴的だったのは、中小企業・地方企業やスポーツ分野など、これまで可視化されにくかった領域での参加が見られたことです。PRIDE指標はLGBTQ+インクルージョンを促進する「職場づくり」を評価する指標であり、政策・制度・啓発・制度設計・社会貢献の5つの視点から総合的に評価されますが、こうした項目に取り組む企業が多様なセクターに広がったことが、2025年という年の大きな特徴と言えます。
★ポイント
- 応募総数は900社台(グループ内連名応募含む)と堅調
応募数は昨年に比べ微減したが、日本におけるLGBTQ+施策の認知・評価基盤は維持されているといえる。 - 海外の逆風は限定的な影響にとどまった
海外の反DEI的な流れが話題になったものの、日本企業自身の取り組みは自社文脈で丁寧に進められていることが指標レポートの評価から読み取れる。 - 中小・地方企業やスポ―ツ分野など新たな領域の可視化
これまでPRIDE指標で評価されにくかった領域でも取り組みが見られ、評価対象の広がりが2025年の特徴となっている。
サッカーJ3・福島ユナイテッドFC — スポーツクラブチームで初のPRIDE指標ゴールド受賞
前項で言及したPRIDE指標2025の「中小・地方企業やスポーツ分野への広がり」の象徴的な事例の一つが、サッカーJ3・福島ユナイテッドFCによるPRIDE指標最高評価のゴールド受賞です。これは Jリーグのクラブチームとして初めての快挙であり、スポーツ界における多様性・包摂性推進の象徴的な成果ではないでしょうか。
福島ユナイテッドでは、クラブ内外で多様性理解を深める活動を積極的に展開しているようです。
社内制度として同性パートナーやトランスジェンダーを含む従業員支援制度を整備し、実際に当事者社員が研修を主導。また、クラブ公式サイトにD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)ページを設け、差別禁止や行動方針を明文化しています。また、ホーム戦では福島県と連携した人権啓発スペシャルマッチを開催するなど、地域と連動した社会啓発活動も行っています。
★ポイント
- スポーツクラブとしての先駆性
Jリーグクラブ単体では初のゴールド受賞は、スポーツ界でのインクルージョンが進展していることを示す。 - 社内制度と啓発活動の両輪で評価
制度整備だけでなく、当事者主導の研修や地域を巻き込む啓発イベントを行うことで、組織文化としての浸透が評価された。 - 地域社会との連携
福島県や地域イベントと連動した取り組みは、単なる企業内施策を超え、地域全体で多様性を考える場づくりとしても機能している。
病院・不動産分野などにおける対応格差の顕在化
2025年、医療や不動産分野において、LGBTQ+への対応が「進んでいる組織」と「そうでない組織」で大きく分かれている現実が、改めて可視化されました。
2025年の今に至っても同性パートナーの病院手続き・面会や同性カップルの住宅入居を断られた事例が当事者から共有され、企業や自治体が積み重ねてきた制度整備だけでは、なお行き届かない社会インフラの壁があることが浮き彫りになっています。
企業におけるDEI推進は、社内制度や職場環境の整備にとどまらず、従業員の生活そのものと深く結びついています。働く場では尊重されていても、医療や住まいといった生活インフラで排除に直面する状況は、当事者にとって大きな分断として存在し続けます。
こうした状況に対し、2025年は企業や支援団体が生活インフラ領域に踏み込む動きも見られました。
不動産分野では、LGBTQ+を含む多様な人々が安心して住まいを選べる環境づくりを目指し、株式会社IRISとアカルクが「住宅みらい会議」を立ち上げました。本取り組みでは、不動産関連事業者への対応実態調査を実施し、現場で何が起きているのか、どこに課題があるのかを業界横断で整理しています。
医療分野においても、LGBTQ+当事者が安心して受診できる診療環境づくりを目的に、認定NPO法人ぷれいす東京が医療者・支援者向け入門動画の制作を行いました。この動画では、医療現場で直面しがちな疑問や戸惑いを出発点に、基礎知識や対応のポイントを整理されています。アカルク代表の堀川も一部動画に出演させてもらいました。
また、製薬業界においては、Pharma for PRIDE(PFP)の第8回勉強会が開催され、堀川も登壇させてもらいました。
ここでは、LGBTQ+の基礎理解にとどまらず、医療アクセスや職場・社会との接点といった、より構造的な課題についても共有されました。
こうした事例は、企業におけるDEI推進が、社内制度や職場環境の整備にとどまらず、従業員一人ひとりの生活と深く結びついていることを示しているのではないでしょうか。
★ポイント
- 進む企業の取り組みと変わらない社会のギャップ
企業内での制度整備が進む一方、医療・不動産といった生活インフラ領域では対応が追いついておらず、当事者の生きづらさが顕在化している。企業のDEI推進は社内完結ではなく、取引先・業界・地域社会との連携を含めた波及が今後より重要になる。
まとめ
2025年は、日本企業にとってDEI、特にLGBTQ+をめぐる取り組みの“本質”が試される一年だったと言えるのではないでしょうか。
海外では、アメリカを中心にDEIへの反動や揺り戻しが可視化され、年初には「この流れは日本にも来るのではないか」という懸念もよく語られていました。
しかし本記事で見てきた通り、日本では一律の後退が起きたわけではありません。
むしろ多くの企業が、自社のパーパスや事業特性、業界との関係性を手がかりに、「自分たちだからこそできる形」で取り組みを進めてきました。
一方で、法的保障や生活インフラ分野では、依然として大きな対応格差が存在することも改めて明らかになりました。企業の取り組みが進んできたからこそ、そのギャップが明確になってきたともいえるでしょうか。
企業の中では尊重されていても、生活の場で排除に直面する――この分断は、一企業の制度や善意だけでは解消できません。
だからこそ、これからのDEI推進には「何をやるか」だけでなく、「誰と、どこまで、どうつなげていくか」という視点が不可欠になるのではないでしょうか。
個々の企業の取り組みを点で終わらせず、業界や地域、外部専門家と連携しながら線や面にしていくこと。
そして、当事者の声や社会の変化を丁寧に受け止めながら、社会全体を変える力となること。それが、今後の鍵になるかもしれません。
株式会社アカルクは、これまで多くの企業・団体とともに、制度設計、相談窓口の運用、研修、現場での悩みへの伴走を行ってきました。2025年の事例が示しているのは、「正解をなぞる」時代の終わりと、「自社なりの答えを一緒につくる」必要性です。
社会の変化が複雑になる今だからこそ、目の前にいるマイノリティやその周辺の人と組織を継続的につなぐ存在であり続けたい。
2026年は、どんな一歩を踏み出すのか。その検討のパートナーとして、今年も引き続き伴走させてください。
執筆者:ししまる
IT中堅企業の人事としてDEI施策全般を主導する傍ら、社内外でLGBTQ +の支援活動にも従事。企業内担当者として、さらにイチ当事者としての目線からも、自分らしく働ける組織づくりについて発信します。