はじめに:LGBTQ+施策はなぜ「続けること」が難しいのか

LGBTQ+に関する取り組みを実施している会社から、しばしば次のようなお悩みを伺います。

「担当者が別部署に異動した瞬間、活動が止まってしまった」

「上司が変わったら、雰囲気も優先順位もガラッと変わった」

「経営層が代わってから、DEIの中でも、LGBTQ+施策の優先度が低くなった気がする」

「気づいたら専門部署解体の危機…」

これは決して珍しい話ではありません。

LGBTQ+施策は他のDEI分野と比べ、もちろん、活動が続きにくい背景には他にも要因があります。例えば、企業文化や経営層の優先度、社内リソースの制約など、複数の構造的な課題が絡み合っています。
それでも今回この観点に焦点を当てるのは、こうした要因の多くが、最終的に「誰が担当するか」によって現場での判断や推進力に直結してしまうからです。

社会全体の理解がまだ均質ではない今、担当者の人生経験や想いが施策に直結しやすく、

その上、異動・組織改編・経営層の交代が重なると、取り組みに“揺れ”が出るのはどうしても避けにくい構造となっています。

しかし、多くの日本企業にとって、異動は「避けられない前提」です。個人だけではなく、組織レベルでも毎年のように変更が行われます。担当者も、上司も、部門も、組織全体も、市場の変化を反映し、置かれている状況は目まぐるしく変わっていきます。

では、LGBTQ+施策の重要度はこの「変化」ゆえに止まってしまうことが避けられないのでしょうか。

——私は、むしろ逆だと考えています。やり方次第で、変化があるからこそ強くなる推進体制があり得ます。メンバーが入れ替わることでアライが増え、学びが広がり、組織全体が少しずつ前へ進むサイクルが生まれることもあるのです。

必要なのは「変わるから困る」ではなく、「変わるから続く」仕組みづくりなのではないでしょうか。

 

属人化のリスク——担当者の熱意だけでは続かない理由

担当者がLGBTQ+分野に関する知識を持ち、熱意があれば、最初の火付け役となり、そして一定期間は推進が加速するかもしれません。しかしその熱意だけに依存しすぎてしまうと、次のような「属人化のリスク」が生まれかねません。

担当者が変わった途端にエンジンを失う

担当者の異動や退職を機に一気に活動が止まってしまうケースがあります。「何を大切にしていたのか」「何のためにやっているのか」という基本的なポリシーは活動のエンジンのようなものです。これを引き継げなければ、原動力を失い、せっかく灯った火も消えてしまう可能性が高いです。

知識の非継承

LGBTQ+に関する取り組みは、担当者が肩入れすればするほど、公私の線引きが曖昧になりやすい業務でもあります。その結果、基本知識を学ぶために読み込んだ書籍やガイドラインが私物のまま保管され、異動とともに部門から失われてしまうことがあります。また、相談対応についても「人間関係の積み重ね」や「その場の感覚」で対応してしまいがちで、記録や判断の背景・根拠が体系化されないまま属人化してしまいます。

こうした状態が続くと、後任者は「何が決まっていて、何が未決なのか」「どこまでが会社の方針で、どこからが前任者の自発的取り組みだったのか」が分からないまま業務を引き継ぐことになります。結果として、ひとつひとつの相談対応が手探りとなり、判断のために毎回ゼロから情報収集をし、必要な社内調整もその都度やり直すことになってしまいます。

さらに、当事者から寄せられた相談の多くはセンシティブで、アウティング防止の観点からも慎重な情報管理が求められますが、記録方法や共有範囲が曖昧なまま担当者が変わると、守るべき情報が適切に引き継がれないリスクもあります。知識や経験が個人に閉じてしまう構造そのものが、持続性の妨げになるのです。

担当者のパーソナリティに依存してしまう

LGBTQ+に関する取り組みは、どうしても「人柄」や「相性」に支えられやすい面もあります。

というのも、このテーマには、他のダイバーシティ領域と比べても個人の体験・感情・安全性に深く関わる相談が多く寄せられるからです。

例えば、

・カミングアウト(あるいはしない選択)に関わる極めてセンシティブな相談

→「誰に、どこまで、どう伝えてよいのか」を一緒に整理する際には、相手に“絶対に笑われない・ジャッジされない”という感覚が必要。これは制度よりも人柄で判断されやすい。

・担当者自身がアライかどうか、当事者への理解がどの程度かで信頼されやすさが変わる

→「この人なら分かってくれそう」「無理解な反応をされないだろう」という直感的な相性が、相談の最初のハードルを決めてしまう。

さらに、多くの企業では、LGBTQ+に関する取り組みがまだ制度として完全に整っていないこともあり、“制度に頼る”より“誰に相談するか”の影響が大きい構造になっています。

結果として、担当者の聞く姿勢・穏やかさ・価値観・ジェンダー観といったパーソナリティそのものが、相談のしやすさや施策の前進度を左右してしまうのです。

★ 目に見えづらいことへの配慮は、どの領域でも似た構図を生みやすい

メンタルヘルスや障害に関する配慮でも、“見えづらいニーズ”が中心にあるため、それをくみ取りやすい特定の人に相談が集中したり、現場で誰がどう受け止めるかが重要になったりすることは珍しくありません。LGBTQ+施策も同じ構造を持っています。特別に難解だからではなく、見えづらいことに丁寧さが求められる領域だからこそ、人に依存しやすいのです。

こうした「パーソナリティ依存」は、短期的には機能しても、長期的には負荷が一点に偏りやすいというリスクを伴います。担当者への期待が膨らむほど、「この人ならわかってくれる」「この人に聞けば解決する」という構造が強まり、相談や判断がその人に集中してしまいがちです。相談者の切実な声を受け止める責任や、周囲の無理解に対して根気よく説明し続ける役回りが重なるほど、負荷の偏在を生みやすくなります。だからこそ、過度な集中を避ける設計が重要です。

ここで強調したいのは、「人柄が推進力のひとつであること」は価値でありながら、「土台そのものが人に依存する状態」は持続性を損ねる、という点です。

だからこそ、個々人の力に敬意を払いながらも、それだけに委ねない仕組み化が鍵になるでしょう。

「変わること」を前提にした仕組みづくり——ナレッジ化・文書化・社内合意形成

ここまで見ていただいたように、担当者に依存しすぎる構造は持続性を損ねます。
では、どうすればよいのでしょうか。

まず押さえておきたいのは、担当者が変わることは避けられないという現実です。なぜなら、多くの日本企業では、特定の職種だけに固定させず、広い経験を積ませることでキャリア形成を行う“ローテーション文化”が根強いからです。更に、さらに、ジョブ型の雇用を採用する企業であっても、担当者自身のライフイベントやキャリア観の変化、新たな挑戦などを機に、担当者は入れ替わっていくものです。

特に、DEI,そして中でもLGBTQ+分野に関しては、どのような枠組みで企業の体系に組み込むのか未だに揺れているからこそ、毎年のように主幹部署が変わっていくことも珍しくありません。だからこそ「変化を前提とした設計」が不可欠です。

「自分が数年のうちに担当を外れる前提」で、後任者が「辞令で突然担当することになったが当分野には明るくない」と仮定し、自身の業務を整理しておくとヒントになるかもしれません。
例えば、以下のような準備が考えられます。

① ナレッジの明文化——担当者の経験を共有資産にする

担当者が得た気づきや学び、相談対応の知見、上司への説明プロセスなどは、できる限り可視化しておきます。実際に私がまとめているものは以下の通りです。

・年間の施策カレンダー(PRIDE月間、PRIDE指標申請、関連する国際デーなど)

・社内からの相談分類とFAQ(アウティングに十分留意する)

・上層部との対話で出た懸念・反対理由と、乗り越えた方法

・企画の背景資料(なぜその施策が必要か)

・社内規程の読み解きメモと改善案の根拠

・社外団体・行政・NPOとの連携実績リスト

・その他、一つ一つの成功・失敗の記録

これらは後任が迷子にならないための道しるべとなります。

どこでつまずき、どう乗り越えたのか。どこが最重要ポイントだったのか。

それが残っているだけで、新任者は不安が半減し、自信を持って進めていけるとともに、この分野に明るいイメージが持てるのではないでしょうか。

② 社内コンセンサスの形成——「会社としてのブレない軸」を立てておく

LGBTQ+に関する取り組みは人事だけが担うものではありません。広報、法務、労務、現場部門、営業、採用…その他多くの部署が関わります。他部署を味方につけ、自社のLGBTQ+活動に関するアライになってもらっておけば、環境変化の際も支えてくれるでしょう。

そのためには、「会社としての立ち位置」を明文化して各部署に共有しておくことが重要です。

・ステートメントや行動指針の発信

・就業規則・福利厚生・人事制度への明記

・イントラや研修体系の常設化

・経営陣の理解度の底上げ

担当者は異動しても、制度は残ります。制度が残れば文化が育ちます。社内の文化を醸成しておけば、他部署も味方となり、環境変化の際も取り組みをそれぞれの専門分野から支えてくれるでしょう。取り組みの立ち上げ時には、LGBTQ+施策担当者が「同性カップルにも結婚に関する制度を利用できるよう、規定を変えてほしい」「コンプライアンス研修でアウティングについて取り上げてほしい」と働きかけていたものを、今度は逆に「社員の公平性の観点から、この規定を変更したらどうか」「法務部門のリスク対策として研修を実施したいので資料を提供してほしい」等、パスをもらえるようになるかもしれません。

③ 基準の統一化——判断のブレをなくし、公平性を守る

LGBTQ+に関する取り組みは、「どう判断するか」 によって活動の質が大きく変わります。

この領域は特に、価値観や感情の影響を受けやすく、担当者によって対応が異なりやすい特徴があります。また、ひとりひとりのセクシュアリティや置かれた状況、パーソナリティなどによって対応は異なり、「これが正解」といったものはありません。

 

LGBTQ+領域では、なぜ判断が揺れやすいのか

・法制度や社内ルールが未整備な部分が多い

・個人の価値観が強く出やすい(宗教観、育ってきた環境、ジェンダー観など)

・政治状況によって世論が大きく変化する

・相談内容が個別具体的になりやすい(カムアウトの範囲、トイレや更衣室の利用など)

 

つまり、放っておけば必然的に“属人的判断”に流れやすい領域なのです。

だからこそ必要なのが「基準の統一化」です。

基準の統一化とは、担当者個人の価値観ではなく、組織の方針として判断するための枠組みを作ることです。

例:

・相談対応の優先順位(本人の安全確保→心理的配慮→職場調整…)

・例外対応の判断フロー

・差別的言動や不適切言動への対応基準

・研修・イベント実施の際の「表現ルール」

こうした基準が明確になると、担当者によるブレがなくなり、社員がどこに相談しても一定の品質で対応ができ、イベントや啓発活動に一貫性が出るようになります。

判断基準がないと、担当者は毎回ゼロから「自分の価値観」で判断せざるを得ず、意見の対立や批判の矢面に立つことになります。

しかし、基準が整っていると「これは組織として定めたルールに沿った判断です」と説明できるため、担当者個人が攻撃されることを避けられます。

心理的負荷の軽減にもつながり、担当者の早期離脱も防げるでしょう。

基準が統一されると、以下のようなメリットが考えられます。

・ベテランと新人で判断の差が生まれない

・組織全体として一貫性をもって対応できる

・当事者の安心感が増す

・会社としての姿勢が明確になる

基準の統一化は、異動があっても活動が途切れないための“骨格”といえます。

組織の変化や異動を“循環”として活かす——多層的な推進力を生む仕組みへ

組織の改編や担当部署の移動は、LGBTQ+施策にとって不安材料として語られることが少なくありません。実際、多くの企業ではDEI関連の所管が、経営戦略部、人材開発部、厚生部、ウェルネス部、コンプライアンス部と、年度や経営の重点に応じて移り変わることがあります。けれど私は、これを単なる不安定さとは捉えていません。むしろ、多様な視点がこの領域に流れ込むチャンスだと考えています。

どの部署にあっても回る仕組みをつくること。組織改編を前提に、複数の部門と緩やかにつながっておくこと。そして「場所」が変わっても「役割」が変わらない状態を設計しておくこと。この3つが揃うと、異動は脅威ではなく循環として機能し始めます。

担当者自身の異動も同じです。人事から現場へ、企画から管理部門へと動いていくその過程で、元担当者は他部署にアライのタネを撒いていきます。会議での一言、書類の言い回しの修正、部署内研修での補足説明、あるいは誰かの「ちょっと言いにくかった本音」を受け止める存在になる。そんな小さなアクションが現場の“底上げ”となり、企業の中に静かにアライを増やしていきます。トップダウンで伝えるより、身近な同僚が自然と示すふるまいの方が、はるかに浸透力が強いことも多いのです。

だからこそ、担当者が入れ替わっても知識や経験が途切れないよう、社内に“ゆるいネットワーク”をあらかじめつくっておくことが有効です。担当者OB/OGの集まりやアライの有志グループ(アライコミュニティ)、あるいはERGEmployee Resource Group)があると、そこが知識の循環路になり、施策の火が消えにくくなります。部署が変わっても人が動いても、共通の価値観と実践がゆるやかにつながっている——そんな状態こそが、本当に強い LGBTQ +施策の体制ではないでしょうか。

本音の対話ができる企業は強い——“吐き出してもらう”ことの先に浸透がある

LGBTQ+に関する施策は、どれだけ丁寧に設計しても、社員一人ひとりの腹落ち度には大きな幅があります。価値観、経験、情報量、職場文化。そうしたものが複雑に絡み合って、戸惑いも不安も生まれやすい領域です。だからこそ、表層的な理解ではなく、本音にふれて初めて、施策は本当に意味を持ちます。

ただし、この「本音」は、担当者が会議室や研修でいくら説明しても、なかなか出てきません。

“間違ってはいけない”“言ったら怒られるかも”という空気ができやすいからです。

でも、現場の人間同士だと、ふっとこぼれる瞬間があります。

・「正直よくわからないんだよね」

・「言葉が多くて難しい」

・「気をつけろと言われている気がして窮屈」

・「配慮はしたいけど、どうしたらいいかわからない」

・「ネットで、『多様性を認めないのも多様性』なんて言説を見たけど…」

こういう“本音のかけら”は、同じ空気を吸って働いている相手に対してのほうが、自然と出てきます。

立場が近いから、恥をかく心配が少ない。「言ったことが大ごとにならない」という安心感がある。

この“地続きの関係性”は、担当者がどれほど頑張っても完全に代替できません。

だからこそ、「元LGBTQ+施策担当者が現場に散っていくこと」や「現場から新しい担当者が生まれること」には大きな価値があるのだと思います。

担当経験者が別の部署に移れば、その部署に“本音を聞ける人”が一人増える。

現場から担当者になれば、もともとあった関係性を使って、本音を拾える範囲が広がる。

こうして、組織のあちこちに“安心して話せる人”が点在していくことは、企業全体の理解度を底上げする、静かで強いインフラになります。

私は、コーポレート部門から一方的に「教え諭す」やり方では、本音が出にくく、建前だけ納得したように見えながら、どこかで他人事のままになりがちなことを実感してきました。
研修やイベントで知識を得ること、当事者の声にふれることはもちろん大切です。

しかし、施策が本当に企業文化として根づくかどうかは、社員一人ひとりの日常の中で、どれだけ小さな芽が生まれ、育っていくかにかかっています。
現場に近い立場ならではの雑談や休憩中の一言、書類の言い回しに迷ったときの相談——そういう小さな場面でこそ、人の本音が溢れ出します。
そしてその瞬間こそが、インクルーシブな職場になるかどうかの本当の分かれ目なのです。

そして、その日常の変化を方向づけ、育てる水やり役になれる可能性があるのが、異動者たちなのではないでしょうか。

担当経験者が現場に散ることで、その“水やり役”が増えていく。

逆に、他部署から担当者が生まれると、今度はその人が「本音の情報」を持ったまま全社的な施策を練ることができる。

知識は研修で与えられるものだけれど、文化は日常の中で育つもの。

その日常を耕し、水をやれる人を組織の中に増やしていく——それが、異動やローテーションの持つ本当の価値なのではないでしょうか。

最後に:持続可能なLGBTQ+施策のために——変化を恐れず、仕組みを自走させる

持続可能な活動の鍵は、誰か一人だけの熱意に依存しすぎないことです。

異動も、組織改編も、経営層の交代も、すべて「変化」として受け止め、それを逆に力へ変えていく。

そのためには、これまでに述べてきたような

・属人化を防ぐナレッジ化

・基準の統一化

・異動者をアライとして広げる循環

・本音の対話

・組織変化を織り込んだ体制づくり

・外部専門家との連携

などが欠かせません。

弊社は、企業のみなさまが長期的にDEILGBTQ+施策を行えるよう、組織と伴走しながら、仕組みの維持・改善、担当者交代時のサポート、社内調整の支援を行っております。

担当者が変わっても推進を止めないためには、火を絶やさない仕組みをご一緒に整えることが可能です。持続可能な取り組みを実現するために、ぜひ我々のような外部専門家の力も積極的にご活用ください。

 

執筆者:ししまる

IT中堅企業の人事としてDEI施策全般を主導する傍ら、社内外でLGBTQ +の支援活動にも従事。企業内担当者として、さらにイチ当事者としての目線からも、自分らしく働ける組織づくりについて発信します。